占いというのは安易に信じないのだけど、
きちんと勉強していて定評のある先生の言うことは
参考にしている。
たまたま、その本にある「2月の運勢」というページを
めくっていたら、
「アンラッキーデー(注意の必要な日)25日」とあった。
こういうのは、頭の片隅にちょっとだけ覚えておいて
あまり神経質にならないのが賢明だ。
去年の暮れは、それを意識しすぎて一日中ビクビクして過ごし、
沸騰したやかんのお湯をこぼして、
じゅうたんを溶かしてしまった。
平常心を心がけて机に向かっていたら
友人から電話。
ちょうど私が彼女に相談しようと思っていたことを
さりげなく切り出してくれて、
思いやりにあふれたアドバイスをくれた。
なんだか楽になって、静かな勇気が湧いた。
いい日だよ、今日って。
夜は別の友人のお家に招かれていたので、
借りていたたくさんの本を紙袋に詰め、出かけた。
まず私鉄に乗って渋谷に行き、JRに乗り換えて
まもなく友人の住む街の駅に到着。
本の入った紙袋を足もとから持ち上げ、
バッグを網棚から下ろそうと思った瞬間、頭がクラッとした。
バッグがない、網棚に。
キョロキョロと目を走らせたが、
やっぱりない、どこにも。
とにかく電車をおり、
本とSuicaだけ持って、私は途方にくれた。
電話も、お金もぜ〜んぶバックの中。
「これかよー!」とツッコミを入れる余裕はあった。
でも、バックは一体どこ?
よおーく記憶をたどってみると、
バックを網棚に載せたのは… 私鉄の中だ!
ということは、渋谷で降りる時には全く気づかずに
本だけ抱えて、さらにJRに乗り換えたわけ? あたし。
自分のボケ加減に、呆れるというより、
うっすら恐怖を覚えた。
こんなウッカリはしないはずなのに、
運命や、おそるべし。
買ったばかりの本を
夢中になって読んでたのがいけなかった。
渋谷にすぐ戻ることも考えたが、
友だちのディナーに遅刻するので
とにかく彼女の家へと駆け込む。
ディナーには時間きっかりに行くのがポリシーだ。
その時間に合わせて、パスタをゆでたり、
スープを温めてくれたりしている友人を思えばこそ。
迷子の子供のような情けない気分で
彼女の家のチャイムを鳴らす。
家の中からは、いいにおい。
猫のみーちゃんが、みゃおーんとお出迎えしてくれる。
「電話かして」と開口一番。
事情を話すと友だちも「へっ、そりゃ大変」と言いつつ、
「でもきっと大丈夫だよ」と
静かにテーブルセッティングを続ける。
やや要領を得ない社会人1年目(たぶん)の渋谷駅の駅員に
電話で必死の説明を試みる。
「緑のバッグで、柄は茶の皮です」
「えっ? えって?」
「ですから、持つところ、さげるところです」
「えっ…」
悪いのは私だ、ホトケの心を持つのだ。
電車が渋谷に着いた時刻と
1両目に乗っていたことを覚えていたので、
そのことを駅員に伝え、
友人宅の電話番号を教えて、連絡を待つことに。
「ゆっくりご飯食べて待ってよう」と友だちが
アツアツのお料理を並べてくれた。
そう言われると、たしかにそうするのが一番正しい気がしてきた。
彼女の数々の愛情料理に舌鼓をうちつつ、
なんくるないさーの気分になった。
電話のベルはまもなく鳴った。
「ありましたー、今渋谷駅に電車が戻ってきて、
ありましたので、こちらで保管しておきます」
と、社会人1年目の明るい声。
おいしいシードルで、ほろ酔いの私は、
「あっ、じゃあ、えっとー、のちほど取りにまいります」と
ことさら真面目くさって答えた。
今すぐ来て下さいと言われたらどうしようかと思ったら
「はい、24時間以内に来てもらえば
こちらでお渡しできます」なんて超寛容。
なんてラッキーな日なんだ。
お腹いっぱいディナーをいただいて
デザートを食べながらたっぷりおしゃべりを楽しんで、
猫のみーちゃんと遊んでから、
友だちから千円を手に握らせてもらって
私は渋谷駅に戻った。
酔いは覚めてるな、よし。
駅の事務室に入ってカバンのことを伝えると
1年目はもう帰ったあとみたいで、
利発そうな女の子の駅員さんが
「あっ、はいはい、お財布が入っていたんで
金庫の方に保管しておきましたよ」と言う。
しんせつぅー、いいのかな、こんな幸せで。
電車は終点から終点まで一往復して
私のバッグを無事運んでくれた。
わるい人は誰もいなかった。
たしかに客層がとてもいい沿線だけれど
日本っていうのはいい国だなあ。
それに、みんな親切。
でも今日の私は、いくらなんでもおいしすぎる、
いかん、こんなことじゃ、
気を引き締め直さねば。
ともあれ、災い転じて福となす、
アンラッキーデーは、教訓を得る日。