これは一つの大切な記憶として
残しておかなければいけないことだ。
久しぶりのフルバンドのライブ。
今回は、初めての会場で、
いわゆるライブハウスではない場所を借りた。
だからやってみるまでどうなるか分からず、
たくさんのリスクを抱えていた。
音響さんも、照明さんもいない。
椅子や机を並べてくれるスタッフもいない。
マイクやスピーカーといった機材も
使えるものがどれぐらいあるか不明だったので
あらかじめたくさんの機材を自分で用意した。
ただ、そういった音楽の本質とは離れたことばかりに
気持ちが持っていかれる状態はよくないので、
そのことにも細心の注意をはらった。
当日、会場に入ってみると、
予想どおり会場の設営は
「全面的に私たちに委ねられている」という状況。
私が途方にくれている間に
メンバーはせっせと楽器のセッティングを済ませ、
気づくと野口さんと松田さんが
くるくると動き回っている。
野口さんは、長いはしごに上って
照明をステージに向けてセットしてくれて
(なんと軍手まで持って来ている!)
松田さんは、たくさんのテーブルと椅子を
まるで定規で測ったように整然と並べてくれている。
ステージのバックが殺風景だねと言い合って
お店のテーブルクロスをデコレーションに使ったり、
ピアノにも装飾を施したりしてくれた。
彼ら二人がテーブルクロスの両端を持って
慎重にピアノにかけている風景は
どんな映画の名シーンより、目に焼き付いた。
二人の指示で、しげちゃんと、はまちゃんも
嫌な顔一つせず、ディスプレイを手伝ってくれた。
野口さんと松田さんは、もう何十年もの間、
例えば、渋谷公会堂とか、サンプラとか、武道館とか、
そんな大きなところばかりでコンサートをやっている人で
楽器のシールド(音響装置へつなぐコード)さえも
自分でさばくようなことはない人たちだ。
すべてがセッティングされた場所へ行って、
演奏するだけの人。
そんな人たちが、梯子に上って照明をセットしたり、
ごちゃごちゃしたシールドを懸命にまとめたり、
客席の椅子や机を運ぶなんてのは、ちょっと論外な話だ。
私はかねがね、バンドのプロミュージシャンたちに
私のような未熟者におつきあいいただいて
申し訳ないと思っているのだが、
この日は、その思いが鮮明に浮き上がった。
ただ、その恩に報いるために私に与えられている方法は
いつも一つしかない。
以前より、一歩でも前へ進んでいること。
その自覚が持てなくなったら
私はあの人たちにもう会えないのだ。
次のステージを再び彼らと一緒に踏めるかどうかという
瀬戸際のところで、
私はまた、不器用に楽器に向かう、鉛筆をにぎる。
でも、こんな人生を愛おしく思う。