ほとんど眠らず、朝を迎える。
だけど驚くほど頭はスッキリ。
不思議だ。
そういえば、いつもと同じシャンプーとコンディショナーを使っているのに
髪がツヤツヤ、サラサラ。
これと同じことが体の血液や細胞にも起こっているのだろう。
恐るべし、屋久島パワー。
気の流れがいい、とは、きっとこういうことだ。
親子と私と3人で、朝釣りへ。
チカラ君との約束の場所へ車を走らせる。
なんと彼は
昨夜お店が終わったあと一睡もせずに早朝釣りに出て
すでにアイスボックスは大漁状態。
彼の実家へいったん魚を置きに帰る。
そこで彼の漁師のお兄さんに会う。
焦げたような真っ黒の顔に
優しい目が輝いている。
指が太くて、グローブみたいな手だ。
ナマ漁師さんとの対面にまた感激。
プールのような澄んだ水の入り江に
一隻のボートが停泊している。
これに乗って行くんだな。
私は農家のおばさんが着用するような
首から上が全部かくれる帽子を用意していた。
今回の旅の最も大きな課題、それは日焼け防止。
日焼けをしないためなら、どんな苦労もいとわぬ覚悟で
この島に乗り込んできた。
私のものすごいいでたちを見てチカラ君は、
「カンペキやね」と無表情にひとこと。
さあ、釣りだ、釣りだー。
えさの小魚のつけかたを習い、
慣れない手つきで針を海にしずめる。
間もなくツンツンと手応え。
「オジサン」と呼ばれる、二本ヒゲのはえた魚が
おもしろいようにかかる。
大きいのがかかると竿をささえていられない。
ボートの上でヨロヨロしながら、
この世は自分にできないことが
まだまだいっぱいあるんだなーと思う。
釣りが始まって10分もたたないうち、
息子が酔いはじめる。
まあね、昨夜あんまり寝てないしね、8歳にしちゃ。
「いったん、彼をおろそう」とチカラ君が言って、
船着き場に戻る。
子供が船から降りるも、母親は微動だにせず。
「お母さん、降りないの?」とチカラ君。
「えーっ、あたし、まだ釣りしたいー」とダダをこねる母親。
泣く泣く下船した母親と息子を残し、
私はチカラ君と再び海へ。
その後も魚はおもしろいように釣れ、
大きいのがかかったところで船着き場へ戻る。
チカラ君が、車からまな板と包丁を出してきた。
えっ、もしかして…。
今釣ってきた一番おっきなオジサンを取り出すと
華麗なる手つきでさばいていく。
キャーッ、これが朝ご飯!?
見ると、ボウルに山盛りのご飯と海苔も。
朝釣りに連れていってもらった上に、
その場でプロの板前さんがさばく活け造りを食べられるなんて…
目の前で起こっている光景に夢見心地。
まな板の上には、きれいにスライスされた魚、
そこへチカラ君が屋久島のお醤油をザーッとかける。
まな板を囲んで地べたに座り、
ご飯もお魚も手づかみでムシャムシャ食べた。
いきなり降ってきた、非日常。
家に帰って3人で昼寝。
ちょっと寝るつもりが2時まで寝てしまった。
どこに遊びに行こうか考えていると
再びチカラ君から電話。
「川へ泳ぎに行こうよ」と誘ってくれる。
ていうか、チカラ君、昨日一睡もしてなくて、
朝釣り行って、お店帰ってランチの営業して、
そんで、川泳ぎ?
恐るべし、屋久島びと。
茂みの中を歩いていくと、水の音が聴こえてきた。
大きな岩がいくつかあって、
それらに囲まれた部分がプールのようになっている。
うわあ、これならほんとに泳げるじゃん。
水はどこまでも澄んでいて、午後の光にキラキラしてる。
子供と一緒になって潜ったり魚を追いかけたりした。
ときおり、岩に足をぶつけてすり傷がいっぱいできる。
なんだか自分も8歳になったような感覚。
そうか、8歳でいればいいんだ。
大人でいなければならない理由が、ここには何もない。
チカラ君はまた、お店の夜の営業に戻っていった。
再び言おう、彼は昨夜から一睡もしていません。
私たちもシャワーを浴びて、今夜も「いその香り」に行く。
朝、私が煮魚を食べたいと言ったら
釣った魚をおいしく煮ておいてくれた。
なんということだ…。
山口県から来た、けいちゃんとまゆちゃん、
二人の女の子と相席になって、
一緒に今朝のお魚を食べた。
二人とも、コロコロと笑う、笑顔のかわいらしい人だ。
二人の言葉の響きがやわらかくて、心地いい。
この島へ来て、いきなりたくさんの人と接して
最初はドギマギしてしまい、
東京では毎日いかに限られた人達としか会話をしていないか、
そのことに気づいた。
そんな小さな世界で一生生きていくこともできるし、
一歩踏み出せば、世界は無限なのだ。
今夜は、宿の「博士」がナイトツアーに連れていってくれる。
けいちゃんとまゆちゃんも一緒。
まずはウミガメの赤ちゃんを見に。
懐中電灯の光で海の方へ誘導してあげると、
何十匹もの子供達が一生懸命に歩く。
大きさは3〜5センチくらい。
小さな腕を思いきり回して、必死に進む。
ほんの小さな雑草も、なかなか乗り越えられずに、
だけど懸命に前へ進もうとする。
その姿を見ていると、
深く恥じ入るような気持ちになる。
こんなにいっぱいいても、生き残ってこの島へ再び帰ってくるのは
ほんの数匹だそうだ。
でも「生きる」という本能のみが、
彼らを海へと誘っていく。
人間だって、ほんとはそれでいいのに。
生きていれば、ただひたむきに生きていれば、
神様はたくさんのものを見せてくれる。
車に乗って、別の場所へ。
博士が、やかんに湧き水を汲み、
まっくらな道をたったと歩き始めた。
手には、マグカップやインスタントコーヒーの入ったカゴと
カセットコンロも。
やがて、ザーッという水音が聴こえてくる。
石のテーブルに荷物を置くと、
暗闇のむこうに荘厳な滝。
100メートルくらいはありそうだ。
ここでお湯を沸かし、博士がコーヒーを入れてくれる。
見上げると、満天の星空。
夜空が白く染まりそうなほど、ものすごい数だ。
天の川もはっきりと見える。
こんな近くに、星空を見たことがない。
真っ暗な闇に流れる、遠くの滝は、
水けむりに煙って壮大に浮かび、
ハリウッド映画のCGのよう。
みんなおのずと無口になって、マグカップを抱える。
「さあ、温泉だよ」と博士が言う。
足もとを懐中電灯で照らしてくれながら
岩場を進んでいく。
岩を打つ波音のすぐ手前に
10メートル四方ほどの温泉が。
「僕はあっちで寝てますから」と言って博士は消える。
女子4人と男子8歳の5人で
豪快に裸になって温泉へ飛び込む。
お姉ちゃん達に囲まれ、8歳男子のテンション、上がりまくり。
人肌よりちょっと高めくらいのやわらかいお湯。
むこうはすぐ海。
見上げれば落っこちてきそうな星空。
ずっと入っていたい。
博士、すばらしいナイトツアーをありがとう。
釣りの準備をしてくれているチカラ君。
プールのような入り江
おいしく食べるからね、ごめんね。
獲れたて、地魚のお寿司
こんな場所が屋久島のあちこちにある。