以前、ある雑誌のインタビューを受けたことで、
子供のころ以来会っていない人たちから
いくつも連絡をもらった。
雑誌というのをあまり読まないので
ちょっと新鮮な驚き。
そのメールも、ある日突然やってきた。
「私は中学の同級生でした、雑誌読みました」とだけ書いてあって、
でもなんだかワクワクする予感があって
私はすぐに「あなたは誰?」と返事をうった。
直感は大当たり。
彼は名を名乗って「覚えてますか?」なんて書いてる。
覚えてるも何も…
思わずムフッと微笑んでしまう。
中学生のときの彼は、カッコよかったとか目立ってたとか
そういう男の子じゃなくて、
なんだかすごーく不思議ちゃんで、ようは、ヘンなヤツだった。
私はそんな彼が気になって気になって仕方なくて、
頭の片隅でいつも彼を意識していた。
まあ、なんていうか、つまり、恋?
もちろん昔のウブな中学生ゆえ、
会話を頻繁に交わすようなこともなく、
男子は男子、女子は女子でなんとなくかたまってて、
でもたま〜に彼の視線を感じて顔を上げると
「お前、足太えな」とか言うのだった。
その言葉は、数十年を経ても私のトラウマで、
いまだに、ことあるごとに
あのときの彼の顔と声がプレイバックしている、
覚えてないわけないだろ!
彼と連絡がとれてから、
大人になった私たちはメールで何度か会話を交わした。
まともな会話なんて一度もしたことなかった彼と、いろーんな話をして、
でも不思議と、何十年もずっと友だちだったように、
彼の言葉も考え方も、自分の肌に馴染むのだった。
あのころ、中学生のころ、
こんなふうに自由にたくさん話ができたら、
それはもう天にものぼるような嬉しさだったろう。
今日は、彼がお家に招待してくれて、
彼の奥さんと3人で多摩川の花火を眺めたり、
手料理をごちそうになったりした。
私は奥さんにすかさず、彼が私に与えたトラウマについて訴える。
彼女は大笑いして聞いてくれて、
なんだかやっと浮かばれた気分。
彼女は、明るくて太陽みたいな人で、
静かな包容力で包んでくれる、魅力的な人だった。
ハーブの香りのポトフを煮込んでおいてくれて、
季節の野菜サラダや、ソテーを添えてくれる。
ドライフルーツのケーキも焼いておいてくれた。
どれも、うなってしまうほど美味しかったし、
すべてに、愛の味がした。
料理には、愛があるものと、そうでないものがあって、
年をとるにつれ私の味覚は、
それを感じられるようになってきたと思う。
さすが、彼は見る目がある。
彼も、終始彼女に優しくて、
もちろん私にも細かい気くばりをしてくれる。
そんな姿を見ていたら、
やっぱり彼は、私が中学生のとき想像してたとおりの「彼」だったんだと
そんな確信を抱いて、うれしくなった。
中学生のときの私は、
コンプレックスのかたまり時代のクライマックス(長い!)で、
背か高い上にデブで、ぶさいくで、
勉強することでしか自分の存在を確認できないような
どーしよーもないイモ娘。
穴があったら入りたいような気分で毎日を過ごしていた暗黒の時代。
なのに先日、彼はしらっと言う。
「やまかわは、太ってたんじゃなくて、
つまり、まだ幼児体型だったんだよ、
あのサリーちゃんみたいな足とかさ」
うーっ、まだ言うか…。
「でさ、いつもほんっとに屈託なく笑うんだよな、
かわいかったよ」
ウソ!? 早く言ってよ、そのとき言ってよー!!
食事が済むと、
彼が香ばしい豆をミルでキコキコ挽いてコーヒーを入れてくれる。
奥さんと3人でカップを手に、あのころの話をする。
二十年以上を経て突然目の前に現れた、幸福で静かな時間。
タイムスリップしたみたい。
暗黒の時代だと思ってたのに、
私は屈託なく、よく笑ってたんだ…。
そのことが、おっきな贈り物のように天から舞い降りて
コーヒーの香りと混ざってゆく。
ああ、おいしい。