髪が肩まで伸びて
すっごく久しぶりにいつもの美容院へ出かけた。
お店の中に入ると、
美容師さんがお客さんの髪を切りつつ
私を見て何だかニヤニヤ。
そのお客もニヤニヤ。
よく顔を見ると、なんと銀行員時代の同僚だった。
それも席を並べて仕事をしていた親友。
うわっ、何年ぶり!?
「いつ気づくかと思ったー」と彼女が笑う。
美容師さんも笑う。
ここ何ヵ月も、私の心の中は、
まるで小さな部屋に閉じこもって
のそのそと歩き回ってるような毎日だった。
壁には小さな小窓がたった一つ。
そこから入る空気を背伸びしてちょっとだけ吸ったり、
小さく切り取られた空を見たり。
どうどうめぐりの孤独な日々だった。
暗く閉じ込められた空間の中で
やがて人は何かを発見できるんだなあと思う。
私は自分で扉を開けて外に出て、
大きく深呼吸をした。
もうあの部屋に戻ることはない。
この美容室のアシスタントの女の子たちは
いつも変わらず明るくて礼儀正しい。
「ずっと聞きたいと思ってたんですけど」と
マリコちゃんが言う。
「こないだ持ってきてくださったプリン、どこのですか?
すっごくおいしくて、
私も今度、お土産に持っていきたいと思って」
そういえば、前回来たのは夏で、
お土産に杏仁プリンを持ってきたのだっけ…。
ほとんど消えかけていた記憶。
お店を教えてあげると、
マリコちゃんは愛らしい笑顔でお礼を言う。
彼女の優しいお父さんとお母さんを思わず想像してしまう。
そういえば私も、いつか彼女から
鯛焼きをもらったことがあったのを思い出した。
「あのたいやき、ほんとおいしかったの、
あの日、お腹すいて倒れそうだったから助かった」なんて
プリンと鯛焼きの話が交差して、
あったかくて柔らかいガールズトークの空気に包まれる。
ときどき、隣の席でカットをしている友人と近況を話し、
美容師さんとも久しぶりにいろんな話をする。
心がおもてへ出ていくと、
そこには日だまりがあって、木々がゆれて、
お友達が待ってる。
私のことを知ってる人たちが。
私は、自分に与えられている「生きる時間」を
どう扱えばいいのかずっと分からぬまま
もがき続けていたと思う。
それは「老いて死にゆく時間」ともとれて
狼狽し、打ちのめされていた。
そこからはいあがる手段も、かいもく見当がつかないでいた。
でも、死にゆくまでの時間を
ただうなだれて生きても、
希望に満ちた子供のように生きても、
同じ時間なのだ。
生きるということは、目をちゃんと開きさえすれば
手からこぼれ落ちるほどの愉しみにあふれている。
幸福は、この心が作るもの、この目が映すもの。
そのことをやっと、つかみかけている。