小さいころ、近所に気になる家が二軒あった。
一軒は、低い壁に囲まれた洋風の平屋で
何かの道場みたいな感じで、
雑草に覆われた庭の中にポツンと建っていた。
人の気配はいつもなくて、
塀とぼうぼうの草の向こうに、
汚れた、割れかかった窓が見えた。
きっとそこは、黒魔術とかをする場所で、
真夜中になるとマントを着た大人がわらわらと集まってきて
ロウソクの火を囲んで何か恐ろしいことをするんだと、
子供の私は思っていた。
その家の前を通るときは、
「私だけがその秘密を知っている」という妙に大人びた気持ちで
チラチラと塀のむこうをのぞいた。
もう一軒は、道路側が一面、石のレンガの壁に覆われていて、
中の家がまったく見えない建物。
レンガの隙間に細い玄関があって
そこからおばさんが出入りするのを何度か見た。
私はなぜだか、
その壁のむこうには素敵なプールがあると信じていて、
このお家の人と友だちになれたらいいなと思った。
遊びに行くと、お菓子やジュースを出してくれて、
夏には泳ぎにいらっしゃい、とおばさんが言ってくれる、
そんなことを想像してはワクワクした。
昨日、夢を見た。
私は、ある声優さんのお仕事を手伝うことになって、
その人のお家を訪ねた。
住宅街の中の、周りの木々に隠れてしまいそうな小さな家。
玄関へ続く細い階段があって、
そこを上って狭い扉を入る。
少し打ちあわせをしてから、
スタジオを見せていただくことになって一緒に回っていると、
入り口はあんなに狭かったのに、
家の中にはスタジオがいくつもあって
「失礼ですけど、意外と中は広いんですね」と私。
さらに階下におりていくと、
そこはちょっとしたギャラリーになっていて
絵画などがたくさんかかっている。
ふと窓に目をやると、
家の壁は、まさにあの見覚えあるレンガ!
ずっと気になっていたあの家の中に
今、自分がいることが分かった。
その瞬間、ものすごい歓びが湧き上がってきて
不覚にも私はオイオイ泣いてしまった。
夢はそこで終わり。
なんであんなに泣いたのかな…
あの子供時代、自分は不器用でブサイクで
思い出せば暗い気持ちになることばかり。
現在の私はといえば、遠く漂流してきた末に
「今」という孤島に閉じ込められているような気がしていた。
少し息苦しく、でもここが終の住処なのだと、どこか納得して。
あの家のことなんて、もうすっかり忘れていたのに、
私は、あのチビの私と、今もつながっていた。
何かを夢みたり、幸せになりたいと純粋に望んでいた、その私のままで。
だからいいんだ、それでいいんだ。