この「ときたま」も8年目に突入した。
8年!?
一番最初のブログを読んでみたら
青いなあ〜と思った。
8年後にこのブログを読んだら
また、青いなあ〜と思うんだろう。
それでいいんだろう。
8年は風のようにはやかった。
先日、あるお坊さんの書いた本を読んでいたら、
歳をとるごとに年月がはやく感じられるのは
日々の中で、過去の思いにとらわれてる割合が多くなるからだそうだ。
あのときはああだった、とか
あのときああすれば…、あの人がああ言ったこう言った、
どうしてこうならなかったのか… etc.etc…
「今」ではない、ちょっと前のことや、うんと前のこと。
仕事などに没頭しているつもりでも
無意識のうちに心の半分は
過去の思いに曇っていたりする。
そのほとんどは、考えても何も生まれないにもかかわらず
それらの思いを足かせのようにズルズル引きずって生きている。
そんな過去にからめとられてる時間が
「今」という現実的な時間から、すっぽり抜け落ちるのだそうだ。
だから、ほんとは24時間を生きた実感があるべきなのに、
それが実感としては3時間くらいだったり、15分だったり。
これが何年も続けば、
まさに「光陰矢のごとし」だろう。
私もずっとそんな生き方をしてきたと思う。
人間はそもそもそういう生き物なんだとも思う。
過去の、特に哀しみや悔いをともなうことにとらわれる。
そんな中でこそ、さまざまな歌が生まれ、小説が生まれ、
芸術が生まれてきたのではないだろうか。
人々が、考えても仕方のないことに一切執着せず
いつも潔く前を向いていたら、
多くの作品は生まれなかった。
でも最近「今」だけを感じる練習をしている。
「今」に集中していることは、
おだやかでとても気持ちのよいことだ。
今そこにある色、香り、温度、
ともすれば見逃してしまう愛。
「今」の感覚だけを瞬間に受け取って
そこから思考を泳がせることをしない。
自分にとって有益ではない感情や情報を
芋づる式に引っ張っらないためだ。
こうしてエキストラバージンの感覚だけを
常に取り入れる。
窮屈だった心のスペースがすっきり片づいて
元気になってきた。