少し寝不足のせいか
駅から家への川ぞいの道が
いつもより妙に静かに感じられる。
よく晴れた午後。
そもそも、いつもなら聞こえそうな子供の声も、
布団をパンパンたたく音も何にもしない。
歩きながらも手持ちぶさたになって
ふぅ〜っと深呼吸をしてみる。
自分の呼吸の音だけが世界にしみ入って
すぐに吸い込まれてしまう。
幸福だ…と思う。
さしあたり何の脅威にもさらされていない状態。
愛する人たちは皆今日も元気で
私もこの先、少なくとも数ヶ月は
飢え死にする心配もなさそうで、
まあ、それから先のことは
考えても仕方のないことだ。
ふと、人の声が聞こえた。
少し前をおじいさんと、その息子さんだろうか
男性が二人、歩いている。
「ほら、ここに自動販売機があるよ
どうしても喉が渇いたら
ここでジュースを買うといいよ」
そう言って息子さんが
おじいさんを販売機の前へ連れていき
説明をしている。
「ああ、そうだな。まあ、夏になったら、だな」
おじいさんが答える。
この町へ新しくやってきたのだろうか。
これから毎日、おじいさんは
この川のほとりを散歩コースにするのかもしれない。
二人はまた歩きはじめて
おじいさんが言う。
「ここはいい所だよ、こんないい所はないよ」
こんないい所はないよ。
その言葉を心の中で反すうする。
都内の小さな町の、のどかな道だけど
そんなふうに言ってもらって思わず微笑んでしまう。
春になったら桜もたくさん咲くし、
川にはカモや大きな鯉たちがのんきに泳ぎ回る。
夏には桜の木が素敵な木陰をつくってくれる。
ジュースを飲みながらひと休みするのもいいかもな。
この夏も、次の夏もずっと元気でいられますように。
でも、あの言葉は
息子さんへの思いやりでもあったのかなと思う。
親にはそんなところがあるってことを思い出して
あったかい気持ちになる。
自分の幸福より先に
子供が自分に向けてくれた思いやりを一番大切にして
言葉をかけてくれる。
そんな言葉を、いくつか思い出した。